=産経児童出版文化賞受賞作品= ![]() |
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◆ファンタジー、といくら銘打っても、わたしにとってはこれは「私小説」というにひとしく、正直いって設定にせよ、出てくる人物たちにせよ、フィクションというにはあまりにも生々しい。「方言」で書く、というのはこういうことだったのだ。ちなみにここに出てくる方言は1950年〜60年代の石川県鹿島郡鹿西町から余喜村(現在の羽咋市)周辺のもの。作品の設定は1990年代だからもちろんその頃の現地の方言の実際とは異なっている。出版後に、田舎から送られてきた地域コミュニケーション紙に同じ石川県の七尾市あたりから羽咋市に嫁がれた方が、作品中の方言と、自分の地元の方言のちがいについて書いておられた。それくらい、地域により細かい差があるほどデリケートなものなのだが、最近はどんどん画一化されていく一方である。 ◆「こんな本は、自分だけのひそかな楽しみにとっておきたいがそうもいかない。ノあらすじは書かない。とにかく読んでほしい」という感想が当時の「子どもと読書」の書評欄にあったことをおぼえている。うれしかったですよ、ペンネーム「吉本めろん」さん。 ◆出版当時、國學院大學の児童文学サークルに請われてはじめて学生さんたちの前で講演することになった。都内の児童文学関係サークルの人たち100人ほどが聞きにきてくれていた。そのとき同席していた批評家K氏から「こんどファンタジー研究会で『ふるさとは、夏』を取り上げるんですが、来ませんか?」と誘われたのがきっかけで、神楽坂の児童文学者協会事務局で行われている、きどのりこさん主宰の『ファンタジー研究会』に参加。以後、そこでの常連になる。毎回とりあげられるさまざまなファンタジーを読むよい機会となっただけでなく、そこで出会える読者や作家、批評家との交流が楽しかった。わたしの作品も何度もとりあげていただいた。やがて、評論研究会の批評家のみなさんとも知りあい、児童文学者協会に入会することに。以後、毎年会費の支払いに悩むことに(笑)。 ◆本書はその後、絶版になったのを、小林敏也さんの尽力もあって、パロル舎で再版してくださることになった。 ◆作家の妹尾ゆふ子さんとは『ふるさとは、夏』のweb書評を見つけて以来、たがいにメールをかわすようになった。彼女の作品は以前に読んでおり(『夢の岸辺』3部作 1993年〜1994年講談社X文庫)ある時わたしがファンタジーをテーマとしたシンポジウム(子どもの本学会)のパネラーになった時に「気になるファンタジー」として名前を挙げた作家のひとりだったが、その作家がわたしの本を読んでインターネットで書評をしてくれていた、ということがうれしく、さっそくメールを送った。ところが自分のアドレスを書き忘れて、かの有名な『うさぎ屋本舗』のトップページに「芝田さまアドレスがわかりません。もう一度メールをください」と書かれた時はパソコン初心者のわたしはとてもとても恥ずかしかった。のちにわたしも彼女の作品『風の名前』の書評をwebではじめてやらせてもらったり、いろんなことを(笑)。 ◆あとひとつだけ。登場する雑神『ブンガブンガキャー』のことなのだが、この神様は石川県のわが家=芝田家に実在している。ところが、作品発表後に母親からきいたのだが、なんとブンガブンガキャーは先祖代々からわが家に棲みついていたわけではなく、父親がわが家に連れてきた神様だという。父が死んでから二十年以上たつのでもはや尋ねるわけにもいかないが兄の推測では、その語感といい、どうやら沖縄あたりがブンガブンガキャーのルーツではないのかという。ちなみに父は陸軍第九師団(金沢)の軍人で、沖縄守備にあたっていたが、米軍上陸直前になって台湾に移動した。そのため米軍とは戦わずに敗戦の日を迎える。父にとっては沖縄に駐屯していた時期は、地元の人々との交流も含め、忘れられない日々だったにもかかわらず、沖縄防衛の任務を完うせずに終戦となったことを終生の禍根としていたと思う。「死んだ人たちに申し訳がない」ということばを聞いたことがある。…最近、「ドーム郡小史」の詳細な辞書までつくっておられる「矢じるしの先っぽの国」のめいしゅうさん(沖縄在住)におたずねしたところ、どうも沖縄のことばではないようである、とのこと。いずれにせよブンガのルーツがわかれば、とてもうれしい。どなたかご存知の方がおられましたら、ご一報ください。(ただ、どうもブンガが身元調査をあまり喜んではいないふしもあるんだけど「わりゃ、おらのルーツ調べてどうしょうちゅうがいや、だらっ!」という声がきこえてきそうな(笑)…わからないというのは、そういうことなのかもしれない) |
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