★夕焼けのはなしをしよう
★ひさしぶりのブログです。
このかんはいろいろあり、7月末にはわたくし生涯はじめて入院を体験し、いまはすっかりよくなったのですが、この年になっても、新しい体験というのは貴重で、病院のベッドでいろいろと考えにふけっておりました。8月のはじめに、わたしにとって大切な画家さんお二人……佐竹美保さんと、小松良佳さんを引きあわせる、という懸案(今年の児童文芸連載『彼女とオオカミ』のさしえを良佳さんにお願いしたときからのお約束)の会があり、それに退院が間に合うだろうかとやきもきしていたこともあったのです。
でも、ぶじにその日までには退院でき、野上暁さんにもお越しいただいて、楽しいひとときがもてました。まあ世代的にかなりの開きがあったのですが(笑)、話題になった「コミケ」についても評論家の野上さんが何でもくわしいのに良佳さんも驚いておられました。「描くのが楽しい」という佐竹さんに、良佳さんは「そうなんだ……」と、お忙しい日常をふりかえっておられたのが印象的。
その良佳さんがどうしてそんなに忙しかったのかは、そのうち明らかになりますので乞うご期待。
そして8月15日は母の一周忌で、家族ともども石川県へ帰りました。
病後の夏休みはあっというまに終わりです。そして、連日の信じられないような暑さ。でも、ふたたび日常がかえってきます。なるべく無理をしないように仕事を続けています。
そんな日々に、すがすがしいできごとがありました。
2日前。わたしは、日比谷公園にある『松本楼』というレストランで、窓から大きな銀杏の老木が見えるすてきな部屋にいました。今年、日本児童文芸家協会賞を受賞された名木田恵子さんの、うちうちの授賞記念パーティーに招かれたからです。わずか3ヶ月前に出会ったばかりのわたしがその場に行くのもなんだか……と思ったのですが、でも、名木田さんにまたお会いしたい、とい気持ちもあり。
少人数のその会は、名木田さんをかこんでの、それはあたたかくて楽しいつどいでした。授賞作品『レネット』の完成にいたるまでの北海道取材の話、旅で出会ったおばあさんの大恋愛の話はもう爆笑の連続でした。それから彼女の年若い友人のフルート奏者(こちらも彼女に似て妖精のようなひと)が登場し、『虹のかなたへ』や、『イパネマの娘』、『星に願いを』など、心憎い(好きな曲ばかりでした)数曲を演奏。さわやかな風が心の中に吹き渡っていくようでした。
でも、ここでお伝えしたいのは最後に名木田さんが語ってくれたひとつのエピソードです。(もしかして、細部で間違っていることがあったら指摘してください)
早くに両親をなくした名木田さんは、あるとき佐渡に旅して、そのときにひとつの詩を書きました。その詩が雑誌に載ったとき、ひとりの少女がその詩にたまたま目をとめ、名木田さんに『作曲して合唱曲にしたい』と申し出たのです。電話で名木田さんはOKしただけ(そのころ彼女も『キャンディキャンディ』の大ヒットで忙しかった)でしたが、その合唱曲はコンテストで賞をもらったとか、ところが、その方は、音楽大学にすすんだのですが、なんと若くして亡くなられてしまったのです。彼女のお母さんからその電話をもらって、名木田さんはぼうぜんとしました。……そんなことがあって、数十年。
なんと、その曲が復活したのです。ふたたび、合唱曲として、シニアの方の多いさる合唱団によって。
時間と、ひとのこころは、いろんな魔法を生み出します。
その午後のティーパーティーの最後に、名木田さんは、そんな魔法を生み出した詩を朗読してくれました。
その詩は、ひとが人生でいくつかの詩に出会うとしたら、そのひとつにはいる、すばらしいものでした。
つらかったことを思い出すのはやめよう、……悲しい話をひとにするのはやめよう、それよりは夕焼けのはなしをしよう……『夕焼けのはなしをしよう』というその詩を名木田さんが朗読しおえたとき、しずかにフルートがその曲をかなでました。
おみやげは、松本楼の「えんどう豆のスープ」(他2種)。あっためて飲むと、これがまたおいしくて。ありがとう、名木田さん。そして、あらためて、おめでとう。
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