★いろんな夏。
8月15日に母が亡くなり、17日が通夜、18日が葬儀だった。81歳だった。
亡くなる前々夜、東京を出て、深夜高速を飛ばして、石川県に帰ったが、わざわざ徹夜でじぶんで運転したのは、なんとなく、ではあるけれど、病気と闘っている母とつながっていたい、というような気持ちだったかもしれない。別にわたしが苦しんだからといって母の苦しさが減るわけではないのに、こういう感傷が身内の不幸の特徴かもしれない。
「わかる?」とたずねると、かすかにうなずいて、孫たちの来訪にもすこし反応してくれた。1日すごして、その夜、東京へふたたび戻る途中に亡くなったことを、自宅でひきとり、看取った兄から聞いた。
とんぼがえりである。
通夜に、上品で美しい女性二人がいらっしゃった。K先生とK先生。イニシャルで書くとどちらもK先生だが、二人は母のいちばんの親友で、ながらく小学校の先生をしておられた。いつも仲良くて、よくいっしょに話したり、旅行もしておられた。
わたしが、高校時代に新聞部に入っていて、そこで学校ともめたときなど、母の口から、お二人の感想とか、まわりのひとたちの感じ方などをよくきいた。いってみれば、青春時代のわたしを、年上の女性として見守ってくれた方々である。
やがてわたしは「親」という関係にとらわれない児童文学作品を、こどもたちに与えたいと思うようになったわけだが、そのひとつの理由は、友のようにしてわたしに話してくれた母たちの存在、「親」としてなにか理不尽なものをふりかざされたおぼえがないという、わたし自身の生い立ちにもあると思う。
父が三十数年前に亡くなったのも夏。それから長い間、ひとりでいろんなものを支えてきた母。親不孝、という言い方はもちろん好きではないけれど、そしてわたしは後悔もしてはいないけれど、いろいろ許してほしいとは思う。母さん、さよなら。
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