| 2006年04月21日 |
★阿佐ヶ谷や春はあけぼの宿酔。
早々と、お祝い会をしていただきました。例によっての阿佐ヶ谷のんだくれ会(仮称痛飲会あらため)ですが、毎回わりと最後まで気をたしかにもっている(笑)わたしですが、今回は慣れないことのせいか、なんと早々とダウンしてしまいました。松原さんはあいかわらず……おぼえていないですが、タクシーがちゃんとわたしを家につれてってくれたからには、かれがきちんと指示してくれたに相違ありません。で、なんでわたしがダウンしてしまったかといえば……。
夜の9時にお店に着いたときはすでにお店は満員状態だったのですが、集まられた方々たるや、けんらん豪華なメンバーだったのですよ。お店を仕切る作家長崎夏海さん、そして作家松原秀行さん(パソコン通信探偵団シリーズ最新作『パスワード忍びの里』今月発売号、もう最高に楽しかったです!なんと卒業旅行なんだよ、マコトたち)、おなじく作家石崎洋司さん(イケメンなのに超・カ・タ・ブ・ツ)、評論家野上暁さん(ごぞんじ『真実の種、うその種』の巻末解説)、といえばこれはだいたい<いつものメンバー>といってもいいのですが今回はほかにもイケメンが……まあ福音館の某君は若いしハンサムだってことで仕方がないのですが(意味わかんね〜)、なんと金原瑞人さんがお越しだったのですよ。しかしかっこいいなあ、ひとみパパ。次元のちがうかっこよさだったです。横にいたくのいち(特に名を秘す)なんか、もう目をハートマークにして「……。」だもんね。こら〜だれのお祝い会なんぢゃ〜。でもって、『妖界ナビ・ルナ』シリーズの売れっ子作家池田美代子さん(うわさにたがわぬ美女でありました)と、大阪からいらした令丈ヒロ子さん(キュートな『若おかみ』おっこちゃんそのままですよもう)そして阿佐ヶ谷在住飲み仲間・新婚まもないケネディ夫人(本名です)に花束をいただき、講談社さんからはものすごい高価な大吟醸をいただいて、あと、講談社の金沢千秋さんやらあかねの黒石さんやら、もう枚挙にいとまがないくらいのメンバーに、さらにいつもののんべえ編集者軍団のみなさんが加わり、収拾もなにもつかないままに松原さんと野上さんのスピーチで(『ナルニアをこえて7部作にせよ!』との指令をいただき金原瑞人さんは小学生だったひとみさんに「芝田勝茂って知ってる?」「あ、その作家の本ならうちにあるよ」という会話をしたといううれしいうれしいエピソードを披露していただきました。金原さんはほかにも「芝田勝茂語録」に「いっしょにお風呂に入らないとそのひとのことはわからない」といったという話をしておられ……本人忘れたのですがその言葉は気に入りましたです(笑)。あっというまに時間がすぎて、講談社某君のバッグをまちがえて持ってタクシーに乗り、今朝はもう死ぬかと思うほどの二日酔いでございました。みなさんほんとにほんとにありがとう。次回はいよいよ授賞式ですが、すばらしい予行演習ができました←おまえは何なのだ〜。
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| 2006年04月15日 |
★兼業作家の不安(笑)。
別の仕事をしながら小説を書いているしがない作家としましては、本業の仕事のほうで、数日間、あるいはたまたま1週間とか2週間、パソコンから離れてしまうことがあります。
わたしは昨年秋、毎週土曜と日曜に出張が入って、ほとんどパソコンにさわることができず、何も書けない、という日々が続いたことがありました。
原稿の依頼も特にないとき、つまり漠然と編集者さんと「こういうものを書こうと思っている」「ああそれいいですね、それでいきましょうよ」というような感じで期限も別につけていないという時期があって、そんなときにこの「書かない」という状況が重なったりすると、次第に不安になってくるのです。
いや〜笑われるとは思うけど、「もしかして何も文章がかけなくなっているかもしれない」という不安がふつふつと湧いてくるのです。この、二十年以上もやってきて、十うん冊の単行本を出したわたくしめが。いやまじで。
そして、たまたま時間ができたので書こうとすると、なんと!……ほんとに書けない(笑)。
いや、もちろん文字は書けますよ。書けるんだけど、その文章たるや、ひどいものなのです。文章がひどい、というよりは、いいたいことが何なのかちっとも伝わらない、まとまらない文章を書いているじぶんを発見して……「これって……小学生の作文よりひどくない?」と自問自答。(いや先日ほんとに小学生のつくった小説を読んで、こんなおもしろい発想の作品、もう書けないや、とか思いました)
そういう時期、ってあります。
で、もちろんのことですが(う〜んもちろんなのか?)、そういう時期から脱出できる日がくるわけです。特効薬?それはね。「締め切り」。
こういうとき、どんなに短くても原稿の依頼があって、しめきりがいつ、と決められていると、どんなに無理をしても、時間を見つけ、書いてしまう、というような帳尻あわせをやってのけるのですね。そして、ほっとします。
「ああ〜書けた。文章が書けた」と。もうちょっとこの稼業続けられるかもしれない、と。
以上かけだし作家のみなさんに捧ぐ(笑)。
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| 2006年04月02日 |
★児童文学者協会<芝田勝茂・奥山恵と語る>に行ってきました。
タイトルが「児童文学と民主主義」だけに、それを『真実の種、うその種』とどうからめて語るのか、ということで、いったい奥山さんと話がかみあうのか、また会場の方々の「聞きたいこと」「期待していること」にこたえることができるのだろうか、とじつは不安で、まあその不安はそのまま露呈もしてしまったのですが……ときどきお互いに話がかみあわず……でも、なんとか互いに修復作業もやりながら(笑)、1時半から5時まで、3時間半はあっという間にすぎてしまいました。それはわたしが壇上にいたせいなのだろうか。客席の方々にとってはどんな時間だったんだろう。25年前の初版『ドーム郡ものがたり』を持ってこられた読者の方。群馬県からいらした方。花束を持ってこられたシマさん。受験生のN君。劇団をやっておられるAさん。Kさんご夫妻。いろんな方がおられたのに、わたしと奥山さんだけでしゃべってしまったのも残念だなあ、と。まあそういう会ですから当然なんですけどね。でもみなさんと、もっともっとドーム郡について語りたいのに〜というところで時間となってしまいました。おひさしぶりの編集者黒石さん、遠野さん、まゆまゆさん、とも結局ほとんど話せなかったし。児童文学者協会の評論研究会のみなさんや、きどのりこさんをはじめ、ファンタジー研究会でお会いした方もおられて、にぎやかな会でした。あらためて本日の会の内容は小パンフになって協会員に配布されるそうですが、これからこの掲示板にもすこしずつまとめて『真実の種、うその種』あれこれを書いていこうかと思います。ともあれ、わたしのあいかわらずの機関銃トークにつきあってくださった奥山さん(「……こんなに疲れたのは初めて」とおっしゃってました。「どうしてです?」「緊張して……」ううむ。わたしは楽しかったぞ。「芝田さんとはちがいますっ!」)、司会の河野さん、そして会場のみなさん。ご挨拶もろくにできなかったみなさん、ごめんなさい。またどこかでゆっくりお話したいものです。あと、こういう機会をつくってくださった日本児童文学者協会研究部のみなさん、最後までお世話になりました。ありがとうございました。
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| 2006年04月02日 |
★『真実の種、うその種』が第30回日本児童文芸家協会賞を受賞しました。
ドーム郡シリーズを愛してくださるすべての読者、そして出版にかかわってくださったみなさん。
そしてこのHPに立ち寄られたみなさん。
『真実の種、うその種』が、第30回日本児童文芸家協会賞を受賞しました。
……ああ、うれしい。こういう報告ができて、うれしいです。
このHPをつくったきっかけのひとつに、ドーム郡シリーズの復刊、という動機がありました。もう二十年も、2つの作品を愛しつづけて、「3作目は?」とはげましてくださった方々にこたえたい、という気持ちもありました。
数年前、路上で携帯がなり、「芝田さん、ドーム郡、うちで復刊することに正式に決まりましたから」といわれたときのことを思い出します。
2003年に『ドーム郡ものがたり』が復刊され、2004年に『虹への旅』が、そして、そのかん書きつづけた『真実の種、うその種』が完結編として2005年に完成しました。
すでにここでは報告していますが、そのことで読者の方々からのすばらしいお祝い」もいただきました。
でも、できることなら、この三部作をもっと多くの方に読んでもらいたい、と強く強く願っていました。
これをきっかけに、ドーム郡シリーズが、日本のファンタジーの、いえ、できればアジアのファンタジーの代表作と呼ばれるようになるほど、読まれますように。
そして未読の方、ぜひ、この長い作品、手にとってごらんください。
日本児童文芸家協会のみなさん。
選考委員のみなさん。
そして応援してくださったすべての方々。
ありがとうございました。
2006年4月2日
芝田勝茂(しばたかつも)
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| 2006年04月01日 |
★桜。
いま、東京は桜の花盛りです。
このアジアの島国はおかしな国で、「桜」という花に異常な執着と興味と関心を示します。
テレビでは、この花がいつ咲くか、というニュースをこの季節に毎日流し、天気予報ならぬ、「開花予報」まである、といったら、きっとよその国のひとたちは「冗談でしょ」というでしょうが、ほんとうのことなのです。
桜という花をモチーフにした歌もたくさんあります。
ひとびとはもう千年以上もこの花を愛でてきて、この花の下で春に死にたい、といった昔の歌人もいました。そこで、近代には、この花の下には死体が埋められている、なんていう出だしで小説を書いた作家もいます。
もともとは春には「梅」という花がおもに愛でられていたのです。それは、隣の大国の文化の影響だったのですが、京都に都が移されたころから「桜」が主流となっていきました。
この国独自の文化の発生と桜の花の固いむすびつきがはじまります。
戦国時代のおわりごろ、すでに「お花見」はひとびとの大きな楽しみになっていました。
やがてひとびとは生態系を無視して(笑)この花を植えまくり、あまり役にたたない木なのでほかに使うこともできず、ますます繁殖することとなりました。
かくして、どこの町にも桜の名所があり、いまをさかりと咲き誇っています。
この国の卒業・入学のシーズンがこの季節であることもも、この花に特別の意味をもたせています。
散っていくとき、この花はまるで吹雪のようにたくさんの花びらを舞わせます。
それはそれははかなく、美しい瞬間です。
こんなふうに美しく死んでいくことができたらなあ、というのがこの国のひとびとの、ある種の理想でもあったのでした。それは時には過度の昂揚をもたらしたりもしました。
美しくもはかない、一瞬のきらめき。でもその下でけっこうみんな酔っ払っています。
そんな、国です。
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