| 2005年01月23日 |
★ポート・エンジェルス
日曜日。図書館に行って、5冊ばかり単行本を借りてくる。うち2冊はレイモンド・カーヴァー(いずれも村上春樹訳)。この作家は晩年、ワシントン州ポートエンジェルスという港町の高台に住んでいた。1988年に亡くなってから十数年たつわけだが、わたしは1984年の夏にポートエンジェルスという町に仕事で2週間滞在したことがあるのをふと思い出した。その頃はアメリカ現代文学にも村上春樹にもほとんど興味はなく、ただひたすら「夜の子どもたち」を書いていたときだったから、カーヴァーの存在ももちろん知らなかった。ちなみにアーシュラ・K・ル・グインがオレゴン州ポートランドに住んでいるというのは知っていた。……つまりわたしはいっときカーヴァーと同じ町にいたのだなあ、と不思議な感慨を持ったのだった。ポートエンジェルスは、その昔アメリカ太平洋艦隊がハワイに移るまでの寄港地で、市役所にはパールハーバーで沈んだ太平洋艦隊戦艦群の在りし日の勇姿の油絵が飾られていた。街が海にそのまま映っているというほど港はいつも凪いでいて、それはそれは美しい街だった。不幸な生活を続けながら作品を書いてきた作家の晩年に、こういう美しい町に住めたというのは幸運なことなのだろう。妻である作家テス・ギャラハーはいまだにここに住んでいるようだ。港からはフェリーが出ていて、対岸にあるのがカナダのヴィクトリアというこれまた美しい町である。わたしも1時間かけてカナダへ行き、日帰りで帰ってきた。雨が多いワシントン州の中でも、ポートエンジェルスはいつも青空なんだという話をきいたことがある。住民は多くが北欧からの移民で、金髪で透き通る肌の美男美女が多かった。いくつか訪れたアメリカの地方都市のなかで、この町はとびきり美しい、という印象がある。もしもかれがここの生まれなら、作品はまたぜんぜん違ったものになっていただろう。カーヴァーの作品の舞台はワシントン州ではなくて、中西部や南部の地方都市が多く、日常生活に起きた突発的事件の顛末(てんまつ)や、夫婦のある日の出来事などを物語ることによって、行き場のないアメリカ中産階級の<不幸>を……なんと、<暖かく>描くのだ。それは、わたしたちの日常での考え方を<すこし変えていく>力へとつながっていく。
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| 2005年01月13日 |
★『ジャッコ・グリーンの伝説』(偕成社:J.マコーリアン/金原瑞人訳)と『青いチューリップ』(講談社:新藤悦子作/小松良佳画)
『ジャッコ・グリーンの伝説』(偕成社:マコーリアン/金原瑞人訳)
原題がThe Stones Are Hatchingだから「石が孵ろうとしている」とでもいうのかな。ふしぎでへんてこで、ちょっとこわくて、なかなかはらはらさせてくれるイギリスファンタジー。英雄になれそうにもない少年が、異界のものたちに見こまれて、生まれ来る邪悪なものとたたかうための旅をする話なのですが、アリスのような雰囲気もあり、ひとつひとつのエピソードがかなり複雑で、いろんな寓意を含んでいるような作品です。登場するものたちの、特に主人公の姉さんの性格とか、旅の同伴者たちの個性が、どれもすごいのですよ。身近にいる人への容赦ない描写、のような気がするのはわたしだけだろうか。ここらへんの辛口さは、とても児童文学ではないような気がする。……思い出したのが、神宮輝夫先生が飲んでておっしゃったことばで、「訳なんてね、あらすじを描くだけのことですよ」つまり、原書の正確な訳なんてできっこないんだ、ということばなのですが、ものすごい量の訳をしてこられた上でのこのことば。すごいと思いました。で、この作品も、マザーグースとかいろいろ出てくるのですが、訳した方の苦労はどれほどであろうかと思います。親切で丁寧な注がたくさんあるんですけどね。どんな訳をしたとしても、原文の雰囲気をそのまま味わうことはなかなかできないでしょう。でも、主人公のパートナーの女の子の清楚な雰囲気、さまざま奇っ怪な魔物たち、妖精たちの雰囲気はたっぷり味わえたと思う。
★『青いチューリップ』(講談社:新藤悦子作/小松良佳画)
こちらは児童文学ではめったにないであろう、イスラム圏のお話。……あ。アラビアンナイトがありますか。舞台は16世紀のトルコ。山に住んでいるカワ(笑って)の息子、ネフィは、青いチューリップを持って都イスタンブールにやってくる。そこで真性の青いチューリップをつくろうとする教授のもとで暮すのですが、やがてその球根をめぐってネフィも、そのまわりの人々の運命も大きく変わっていくのです。波乱万丈の歴史物語。たしかチューリップはイスラム発祥で、ヨーロッパに伝わったというおぼろげな知識がありましたが、こういう花の歴史をたどるのは興味深いです、アジサイが日本発ヨーロッパ逆輸入だったりするみたいに。物語はとてもおもしろく、旅の途中で出会う人々なども、登場人物の造形がすみずみに至るまでじつにしっかりしていて、それぞれが目に見えるように息づいています。わたしが気に入ったのはサブキャラのメフメットという若者なのですが、どこかかたくなで、失敗もする、というそういうところがとてもよかった。主人公ネフィの一本気な良さをきわだたせるのはこういう脇役の存在です。著者は児童文学をはじめて書いたそうですが、これからもジャンルにこだわらず、いろんな物語をつくっていってほしい。イスラムの風習なんかはもっともっと描いてほしかったな。小松良佳さんのカラー表紙は絶品でした。上の作品もそうなんですが、小松さんの絵は物語をいっしょに旅するのにほんとうにふさわしくて、挿絵を見るたびなにかを共有してる、という気があらためてするんですよ。読者がこどもたちであるとき、この感じはとても大切なものではないでしょうか。
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| 2005年01月10日 |
★講演を聞きに行く。
白百合女子大の講演会。1時から東理夫先生のアメリカの食文化について。3時半から神宮輝夫先生の「フランケンシュタイン」について。この充実した内容がなんと「無料」ですよ、あ〜た。どちらも本当に面白かったです。東さんの講演では、「アメリカの食べ物がなぜまずいのか!?」への答えをいただきました。アングロサクソンは、「生きるために食べる」ひとたちなんですよ。そしてラテンをはじめとする人達は、「食べるために生きる」人達だったんです。スペインの女性なんか、一日中キッチンにいるんです、なんて話。あとで「それで『指輪物語』に出てくる食べ物とか、あんなにまずそうなんですね」と神宮先生にいったら「そうなんですよ。イギリスの児童文学に出てくる食べ物も粉ものばっかりでね」とおっしゃっておられた。トウモロコシの話もおもしろかったなあ。さらにトウモロコシとソラマメは自力で繁殖できないこと、アオキの葉っぱから塩がとれること(武田信玄がやってたんだって)、その他とにかく多くのことを学ばせていただきました。東先生、ダンディーで、かっこいいんだよね〜これが。まあしかし、食べ物を考えると、アメリカの「グローバル」に関する発想もなんとなくわかってくる。それはやはり、伝統とか、個別の<文化>を破壊することをなんとも思わない、むしろ、破壊することによって<平準化>=アメリカ化する、という考え方につながるんだなあということをなんとなく感じたのでした。&司会は今をときめく「ハウル」の訳者、西村醇子先生。続いて神宮先生のフランケンシュタインに関するお話は、18〜19世紀のイギリスの児童文学事情についてということでおもしろかったです、フランス革命の<わけのわからなさ>みたいなものが<フランケンシュタイン>というかたちをとっていったのではないか、というところはすごかった。最後に「先生にとっての<怪異>とは?」という質問に「それは日本の政治です」と、いつのまにかなし崩しに海外派兵を行っている現状について怒りのことばを。こちらの司会は舟崎克彦先生。松原秀行さんも神宮先生の講演からいらっしゃって、新年の挨拶ができてよかった。終わってからのパーティーではいろんな方に会えました。鈴木宏枝さんとは春樹と龍について語ったり西村さんとはオフレコの話をしたり、浜名さんに「おいらの本も研究してくれよ」とからんだり……で、そのあと神宮先生を囲んで野上暁さん、松原秀行さん、わたし、舟崎先生、てらいんくの佐相さん、福音館の方(以上すべて男!)などで二次会をしたのですが、これが最高に楽しかったのですよ。もう神宮先生の一言一言がおもしろくて、……あ〜わたしも二十年後にああいう人になっていたいな〜。無理だってことはわかってるけどさ。二年ぶりにお会いしたのですがいろんなお話ができるようになりました。すっかり酔っ払って帰ったけど、今朝はしっかり起きられた。楽しいお酒は二日酔いにならない!?ÝÝ
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| 2005年01月02日 |
★中学生のインタビュー。
お正月とは何の関係もないですが、千葉県の某中学生(お二人)から、学校の授業の一環で「作家にインタビューしたい」ということで、メールをやりとりしました。「サラシナ」がおもしろかったので白羽の矢が立ったとのこと。以下は質問と答えです。
KさんとSさんへ。
質問にお答えします。
> ・なぜ作家になりたいと思ったのですか?
「作家になろう」という大それた(?)目標を最初に持ったわけではないんです。だから、「なぜ作家になりたいと思ったのか?」という問いへの正確な答えは、「作家になりたいと思ったわけではない」ということになるのかな。作家、ということばにそれほどいいイメージを持っていたわけでもないんですよ。太宰治も芥川龍之介もまだ若いのに自殺しているし、夏目漱石は苦しんでいるし(笑)わたしが好きだった作家の多くはみんなたいへんな人生を歩んでいましたからね。作家になりたい、というよりは、「この物語を本にしたい、そしてみんなに読んでもらいたい」というのが正直な気持ちでした。そしてそれがかなりの難関であることもよくわかっていました。
> ・作家になって、良かったことはなんですか?
う〜ん。良かった、というか、うれしかったことはたくさんあります。読者の方から手紙やメールをもらうこと、ごくごくたまに、出会った方に「その本読みました!面白かったです」といわれること。図書館で、わたしの本をだいじそうに抱えている子に出会ったとき。そんなようなこと、つまり、読者の方がよろこんでくれてる、と思えたときです。
> ・ストーリーを考えることと、文章を書くのはどちらが難しいですか?
ストーリーでしょうか。構想、みたいなことでしょうね。それがないと、第一歩を踏み出せませんから。もうひとつ、キャラクター=登場人物が動かないと、なかなかいい作品は書けません。だから、すてきな(悪役も含めて、ですが)登場人物をつくれたら、ストーリーも自然に動いていきますが、そのキャラクターもストーリーがなければ湧いてこないわけですから……。こんなお返事でいいのかな(汗)?文章はかんたんです。だって、こういうことを書きたいと思えばそういう文章になりますから。……そうか。昔はね、文章が難しいと思ったこともあったかもしれない。それは、自分にすなおじゃないときだったからです。格好をつけようとすると、文章って難しくなるんですよ。
> ・今後の目標などはありますか?
目標。なんとか、ぶじに書きつづけていきたい(笑)。それがどういう評価を得るかとか、売れるか売れないかということではなくてわたしに課せられているものがあると思うのですよ。児童文学というジャンルで、やらなければならないことがあるからこうして作家でいられるのだと思います。だから、その任務?みたいなものを、なんとか、やりとげていきたいと思っています。その課題というか、任務みたいなものが何なのかは、書きつづけていかないとわからないのではないかと思っているのです。
わかりずらいですか?また、何でも質問してくださいね。ところで、この内容、おもしろいのでわたしのホームページの近況に載せてもいいですね?ではでは。
芝田勝茂でした。 |