2005年09月17日
★サイトの閉鎖とか縮小とか。

小梅ちゃん@妹が、サイトのつれづれ日記や掲示板に表題のようなことを考えている、と書いていた。不遜かもしれないがその気持ちは痛いほどわかる。サイトの運営者が、さまざまな場面で「書きつづける」なんてことは、よほどの図太い神経の持ち主でもないかぎりはきつい話だ。特に作家というのは情けないもので、へこんだり落ちこんだり(同じか)するのは常人よりもはるかに激しい人種である。そして、そこのところが他人にはいちばんわかりにくいところであって、相手は作家なのだからやさしく受けとめてくれるべきであるとか、じぶんはあなたのよき理解者であり読者なのだからあたたかくレスしてくれるはずだとか、その他もろもろの期待が当然であると、なんとなく思っている。つまり、名のあるひとは、それなりの強さがあってしかるべきではないか、というようなことだ。<ダッテアナタハ作家シテルワケデショ>その期待が裏切られると、かわいさあまって……というようなことになったりもするわけで、まあ世の中は難しい。だから、賢い作家はそんな、わざわざ気を使うようなホームページなんてものを持たないし、掲示板みたいなものを設置しない。
わたしがこのサイトを維持しているのは、なんというか、ここからいくつかのことを「発信」したいという、自分なりの使命感みたいなものがあるからで、もうすこししたら……つまり世の中がもっともっと悪くなっていったときに、こういうサイトの存在の意味は多少なりとも出てくるだろうから、やはり今やめてはいかんだろうなあ、と思っている。いや。存在の意味などなくてもいい。とりあえず、いつだってわたしはここで思ったことを書くぞ、というひとつの意志表示として、サイトを維持している。世の中がたったひとつの方向にすすんでいいわけはない。わたしなりの考えを書いていくことで、読むひとがじぶんの考えをつくる参考になればいい、いや、それもまた偉そうだ。ふん、そんな考え方もあるのかい、と読み流してもらえばいい。と、とりあえずはそんなところで、『時間の木』はいましばらく続く……はず。「でも作家は書くのが仕事でしょ。サイトの維持ではなくて」という声ももちろん(じぶんの中にも)あります。それもほんとにそう。書くことでせいいっぱいのときはサイトに立ち寄ることも難しいです。でも、じぶんが書けなくなったとき、サイトに書くのはもっと難しいことです。……小梅ちゃんにエールを送るつもりが何をいってるかわからなくなってしまった(爆)。

2005年09月04日
★お祝い会(Part)〜今明かされる真実(笑)〜

8月31日、新宿で、版元である小峰書店の編集者Hさん、小峰社長、わたし、画家の佐竹美保さん、解説をお願いした野上暁さんの5人の、『真実の種、うその種』打ち上げがありました。佐竹さんと会うのは、『サラシナ』の打ち上げと、その直後の個展以来で、3年以上たっています。小峰社長とも本の打ち上げでははじめて。ドーム郡のなりたちがそもそも会社員である「わたし」が見つけた一冊の古書だった、というようなところから某宗教の話や、今回の『真実の種、うその種』についてのキャラクターの話〜なぜ佐竹さんが「クリス」を描かなかったのかとか(内緒です)、表紙のテオの舞踏のものすごい体の使い方についてとか〜佐竹さんはサーカスの絵本を出すということで、木下サーカスに毎日通って、その筋肉の使い方を模写したのだそうです〜とか、いろいろ話に花が咲きました。
で、そのときに小峰社長から、「最初にHから話があったとき(たぶん2002年の春のことです)、『そんな、福音館で出してたものをなぜうちで再版しなきゃならんのか」といった、という話が出ました。そのときHさんは社長にむかって、「芝田さんには、完結編である3巻目を書いてもらう約束をしました。だからうちで出すんです」といっていたのでした。「そうか、だったら出してもいいだろう」……じつは、わたしはHさんに、「ドーム郡を再刊してもらえるのはありがたいですが、3巻目の約束なんて、できません」といっていたのです。これについては当日の席上でも「だって芝田さんはそういいました」「いってないです」と、お互いの事実認識の食い違いがありましたが(笑)、これが『ドーム郡ものがたり』が再刊されたとき、小峰書店の「シリーズ3部作の第1巻!」と銘打った理由(わたしは驚いてました)であると同時に、再刊できた理由でもあったのです。「うそ」というべきかどうかはわかりませんが、まだ書いてもいない、そして「書ける」という保証もなかった「3作目」を、「芝田さんは3作目を書きます!」とHさんがいわなければ、ドーム郡は陽の目を見なかったのです。
なんだか、『真実の種、うその種』というタイトルそのままの話のようです。今、この前の「お祝い会Part」でえこさんが作ってくださった巻物をみると、わたしが『真実の種、うその種』にとりかかっていると明言するのは2003年の2月。ドーム郡ものがたりが再刊される、と、誇らしげにお伝えしたときのことでした。でもこのときはまだまだ先の航海も見えないころでした。いや〜出版されたからいいようなものの、考えてみればすごい裏話でございます。書き始めたものの、途中で失敗する、なんてことはじつは長編ではよくあること。それにそもそも、20年間書けなかったわけですよ。はい。奇跡です〜。