2005年07月16日
★『魔女リンゴあめ屋』(越水利江子作・篠崎三朗絵)あかね書房

『魔女リンゴあめ屋』(越水利江子作・篠崎三朗絵)あかね書房
越水利江子さんの作品では、今みんな「萌え〜」の『忍剣花百姫伝』(ポプラ社)が話題で、そちらもとりあげたいのですが、ちょっと長くなりそうなので、発売されたばかりの、あまりにもおもしろかったこちらを先にします。
この「百怪寺・夜店シリーズ」も4冊目、回を重ねるにつれて、というか、今回はこのシリーズの決定版といえるほど、すばらしいものでした。スピーディーで、スリリングで、おどろおどろしいのに愉快なイメージの連続、つまりはジェットコースターに乗って、つぎつぎ繰り出される、ちょっとこわいくせにどこかなつかしい、そこはかとなくただようエロスにもわーんとなり、ブラッドベリなんかまで垣間見るような叙情も添えられている、そんな中編作品に仕上がっている。いやあ〜越水、今いちばんのってる作家のひとりです。腕を上げてるなあ。これはいいものを読ませてもらいました。こどもたちはたまらないと思う。男の子に読ませてあげたい。
「……あんたもひろったわよ。」と葉子がいう場面には、もう、うなるしかありませんでした。怖さと悲鳴、逃げまくる悪夢の果てにやってくる、この美しさはどうだろう。なにかとても大切な、始源的な感覚がよみがえる。
リンゴあめの作り方が巻末に載っていたのもうれしかった。こどもたちがもうちょっと小さかったら作ってやったんだけどな。

2005年07月11日
★依頼原稿を仕上げる。

★日本児童図書出版協会の『こどもの本』8月号が送られてきました。冒頭「私の新刊」という欄に『ドーム郡シリーズ3 真実の種、うその種』のことを書きました。タイトルは「ようやくできました」。恥ずかしながら顔写真つきです。
★雑誌『日本児童文学』7・8月号が届きました。「ドーム郡シリーズ、ついに完結!」と『真実の種、うその種』が広告欄に。表紙写真もアップされてますが、白黒です。ちなみに同号で<読み比べ戦後60年>というシリーズ4回目として、河野孝之さんが「時代と社会を訴え、考える」というタイトルで、古田足日『ぬすまれた町』と芝田勝茂『夜の子どもたち』をとりあげて論じておられました。河野さんありがとう。『ぬすまれた町』は何人かの方に<連想する>といわれて、読んだことがありますがわたし自身は共通性はあまり感じませんでした。読み取れてないのだろうな。
★6月に学研『話のびっくり箱』(中学年)特集「きみもたんけんしてみよう」タイアップ短編作品『すてきなアドベンチャーガール』も出ました。ひみつがふたつ隠れているんですけどね。書き手の楽しみ、ってやつです。ひとつは、主人公の名前(イメージもね)にある方のお嬢さんのをお借りしたこと。もうひとつは、作品に出てくるドイツから来た詩人「ヨハネス・オストマン」について。こちらはわたしの遠い過去にからんだ別の話があります。またいつかこの近況ででもお話しできる機会があればいいのですが。
★7月しめきりの依頼原稿、ひとつはてらいんく発行の『ネバーランド』4号(8月5日刊……って、そんなに早く出るの?)で、ヴァジニア・ハミルトン特集をやるのですが、そのなかの「わたしはアリラ」(絶版)についての評論(9枚)を書きあげました。何度読み返したことだろう。もうひとつは、雑誌『児童文芸』10・11月号(YA特集)に、こちらは13ページほどいただいて、この『近況』に載せた<提言〜わたしが書くことを続けられた理由〜>16回分をまとめました。さらに、『ちゃぐりん』というJAグループが発行している子ども向けの雑誌にはじめて短編を書かせてもらいました。「ちょっとこわい話を」という依頼だったのですが、(しかも原稿用紙で6枚くらい)気に入ったのができました。前の号で、松原秀行さんが、見事な短編を書いているので、気合がはいりました(笑)。タイトルは『学校の裏の池』。編集の方に「挿絵は小松良佳さんにお願いします」と無理やり。よしかさんの絵、楽しみ!これで、いわゆる「依頼原稿」シリーズはおしまいだ〜!と、解放感にひたっておりましたら……昨日、雑誌『日本児童文学』から依頼が。おお、もう二度とわたしに依頼は来ないだろうと思っていたのに(笑)。理由は、2年ほど前に<ファンタジー特集>の巻頭評論の依頼にからんで、<だれがそんなもん書くかっ!>という返事をしたことですが。(わたしというファンタジー作家に、ある、二人のファンタジー作家論を書け、という依頼だったです。ファンタジー特集で、です。なんで怒ったのかわからないひとはそれ以上きかないでね)しかもこんどの依頼は評論ではなくて創作。ちょっとうれしい。しめきりまで時間もたっぷりあるし(10月なかばだ)。
★そうそう、依頼といえば某小学校の校歌。ほぼかたちになってきたんですよね。あとひといき。詞が完成したら、曲もつけたいものです。いや、ほんとにそこまでやるかどうかはともかく。ただ、わたしの場合、詞だけ、というのはありえなくて、曲想というものがかならずあります。こんなふうな、という。
★そんなこんなで7月も中旬を迎えました。あと10日ほどで、ドーム郡3『真実の種、うその種』発売です。

2005年07月08日
★『きらちゃんひらひら』北川チハル(小峰書店)

ほんとうに自由なこころが、愛につつまれて、自然のなかでのびのびと育って、それから小学校に行ったら、いったいどんなことになるんだろう?どんなことが起きるんだろう?……きらちゃんは、水疱瘡になってしまったので、学校に行くのが一週間、遅れてしまいます。でも、読者であるわたしたちが、きらちゃんのひとつひとつのことばを見守り、ほっとしたり、はらはらしたり、<きらちゃんのむねに、はりのあめが>ふったりするのをぐっとくるものがありながらこらえたりするのは、その一週間の遅れがあったからなどではない。じつはわたしたちが、<きらちゃん>を守りきれない、という、ある無力感にとらわれるから、だと思う。きらちゃんがつきつけているものに、わたしたちは半分以上も、こたえることができない。
北川チハルは作品をつくりながら、ゆっくりと、スパイラルをめぐるように、ある中心に近づいているような気がする。読むたびにすばらしく前にすすんでいく作家はそうそういるものではない。でも、彼女のこころは、きらちゃんのように、こんなに破れやすく、こわれやすいものでできているんだなあ。どうか、それが破れませんように。こわれませんように。