2005年12月31日
★1年間ありがとうございました。

除夜の鐘はきこえないし、紅白も見る気はなく、年賀状もずるずると書かないままに大晦日を迎えてしまいました。若い人たちにとって、「年賀状」はもはや過去のもの、みたいな感覚のようですが(ある子は「年賀状書くから住所教えて、って友人にいわれて変な感じがした」とさえいっていました)。まあもうすこししたらちまちまと酒でも飲みながら書こうと思っています。とても元旦には届かないです、すみません。
あっという間に過ぎたこの一年。ドーム郡シリーズの第3巻『真実の種、うその種』を出版できたことがトップニュースでしたが、小学校校歌を依頼されたり、ここには書けませんがいろいろと変化の多い一年でした。『ふるさとは、夏』の映画化は、いまのところちょっと一休み、というところで、来年になればいろいろ動き出すこともあろうかと思います。
年をとるごとに、やるべきことをやっておかねば、という想いが強くなります。それは、「やるべきことがなかなかやれない」という苦さの裏返しかもしれません。でもがんばります。大雪の中で年越しを迎えておられるみなさん、紅白歌合戦を見ておられるみなさん、格闘技を孤独に(笑)見ておられるみなさん、初詣にむかっておられるみなさん、どうぞどうぞよいお年を。今年もお世話になりました。来年も『時間の木』、よろしくお願いいたします。
2005年12月31日 芝田勝茂

2005年12月17日
★龍を見た。

12月16日(金)、野間文芸賞(+新人賞、児童文芸賞)の授賞式が帝国ホテルで行われました。今年は村上龍『半島を出よ』(幻冬社)。この『近況』欄でとりあげよう、と思いながら果たせなかったので、この機会に言及しておきますがとにかくものすごい本です。その分量(上下巻、1650枚)もさることながら、内容は北朝鮮軍が福岡を占拠する、という一部始終を描いた近未来SF。そこに現代の日本という国が持つ問題が、個人の作家では収集不可能と思えるほどの膨大な資料にささえられたリアリティーとともに見事に暴かれていきます。たぶん、このところの日本文学の最大の成果のひとつで、それがきちんと受賞できた、というところがすばらしい(選考委員も誇らしいと語っていた)。資料が豊富で、小説になる、というだけなら「日米戦わば」みたいな本はいくらでもあると思うし、海外の小説もそれなりの資料チームに基づいて練られているけれど、村上龍のすごさは、そこに登場する人間群像の存在感のたしかさ、ということではないかと思います。ぜひ読んでみてください。

さて、授賞式はまず児童文芸賞『なまくら』(講談社)の吉橋通夫さんが「小話」で会場を爆笑させると、その余韻のさめぬうちに新人賞の『四十日と四十夜のメルヘン』(新潮社)の青木淳悟さんが登場して「……あのう……盛り上がっているところ、申し訳ないのですが……ボクは……こういうところが苦手で……」と、いかにも新人らしい好感度100%のスピーチ。そのあとで同じく新人賞の平田俊子さん(受賞作『二人乗り』講談社)が「とうのたった新人ですみませんね」と笑わせ、いよいよ村上龍さんの登場。箱根の別荘で15ヶ月にわたってこれを書き、「書き上げるのは不可能だ」という想いと、「きっと書き上げるだろう」という想いをもってすごした、ということを話しておられて、じぶんのモチーフは社会的公正さの追求と、個人の自由だ、ということばで締めていました。
分量はちがうけど(わたしの場合は800枚だ)『真実の種、うその種』を書いていたときのじぶんとオーバーラップするものがあり、じいんとくるものがありました。
そのあとのパーティーで、持参の『半島を出よ』の下巻を持っていってサインしてもらいました。我が家では二世代が読んでボロボロでしたが(笑)、でもかれはしばらくその「ボロボロさ」をじっと見て、「いいですよ」と快くサインしてくれました。
こういうパーティーではさまざまな方々と交流するのですが、結局いつもの作家仲間・編集者・知り合い同士でかたまってしまう(笑)。でも受賞者の吉橋さんともしたしくご挨拶できてよかったです。後藤竜二さんがわたしの兄を知っていてびっくり。ある教育雑誌に兄(教師です)が後藤さんの作品をとりあげた実践記録を書いていたそうです。
講談社もみんな元気がよくて、例年とちがって(笑)いろんな編集者の方々から挨拶されました。『小説現代』の編集者にもお会いしました。大人の雑誌に書くことをふと想像して
しまった。以上がわずか1、2時間の受賞式とパーティーの様子です。そのあとのことは忘れましたが家に帰ったのは翌日のことでした(爆)。