2005年10月29日
★作家の添削。

児童文芸家協会からの依頼で、ある方の原稿を添削した。日ごろ、他人の創作を読んで、「あ〜わたしが編集者だったらここをこうするのになあ」などという感想を持つことが多いし……まあこれは何冊か本造りをしたものならたいてい感じることだとは思うけれど……同人誌などから声がかかれば気軽に批評などやりに行くわけだから、わりとお手のものではあるのだが、百枚を越える作品とある時間きちんと向き合うわけだから、添削がおわるとなんだかじぶんで1冊書き上げた気分になる。編集者の気持ちはこんなのかもしれない……ああそうか、編集者はこのあと、「完成原稿」というやつが待っているわけだよね。そこがちがうわけです。わたしはいいたいことをいいっぱなし、というだけだし。それに本にするとなればその先(売れ行き)まで考えなければならないわけだし。まあ気楽といえば気楽な立場?そこらへん、作家の批評は、きっといろいろ差し引くべきこともあるでしょうね。
いちばんちがうのは、わたしが批評する場合の基準はあくまでも「その作品のあるべき姿」ということからの視点であって、「商業出版の基準」ではない、ということ。
だから、作品によってはわたしの言い方は無用の部分で力がこもっていたりする。特に「おお〜!!」と思わせる作品だとなおさら、こちらの要求は高くなってしまうわけです。だっていいものに仕上げてほしいからねえ。わざわざ所定の「添削料」を協会に払って、わたしを指定して原稿を送ってこられた方がいる、ということで、がんばってやりました。でも年に1度くらいにして……しかもちょっと時間が空いたとき、とか(笑)でいいです〜。指名しないで〜〜!!でも、こんどのは書きなおして完成すると、とてもいい作品になります。お返事が楽しみ。

2005年10月22日
★お金というもの。

う〜ん。そうか。お金がないんだ。
わかるよ、とっても。わかりすぎるほどわかる。
わたしだってお金ないしね〜。
でもね、最近(……最近かいっ)そう。最近わかったんだけど、お金って、道具、ですよ。アイテム。何かを買うための、あるいは、何かのかわりにもらう、とかいう、そういう道具。そりゃ便利ですよ。どこに行ってもそれなりに使えるわけだしね。交通とか、食事とか、衣類とか、住居とか、とりあえずいろいろ使えるわけだから。あればあっただけ、いい思いもできたりするしね。
でもね。ここからがいいたいことなんだけど、お金っていうのは、だからいってみれば<記号>みたいなもんなんです。それも人間が作り出した記号。
でしょ。
そんなものに、縛られてる、っていうことなんです。たかが人間が作り出した道具に、なんだか人生から、自分のだいじなものまですべて縛られまくってる、ってこと。
そんなのって、ばかみたいでしょう。
だから、そんなのに縛られるのはやめなさい。
もっと大事なことはいっぱい、そう、い〜〜〜〜〜っぱいあるんだから。
ない?だったらちょっとがんばって、探してごらんよ。
お金?だからさ〜。
う〜ん。きみはそのアイテムがそんなに好きなんだ?
じゃあ、まあ、それを集めるしかないね。がんばって集めて。うん。
で、余るようだったらちょっと分けてくれたらうれしいけど(おい)

Ý
2005年10月02日
★太田垣悠さん。

たまたまつけたテレビ、教育TVの「トップランナー」で、リヨンのコンテンポラリー・バレエ団でソリストとして活躍しているという太田垣悠(おおたがき・ゆう)さんが出ていた。もちろんはじめて知った方なのだが、いきなり司会者と「会話しながら」踊りはじめたところで、その踊りの自然さとすばらしさに目をみはってしまった。「好きな男性のタイプは?」ときかれて「近所の(リヨンでの、でしょうね)中華料理店のマーさん?あれ、何いってんだろわたし(笑)」などと語りながら、自由自在に、しかも普段着(といいますか、ふつうの服)のままでスタジオのあちこちを踊りまわるのです。それはそれは、ドーム郡の娘たち、テオなんかを思い起こさせるものがありまして、編集者に、「この子に『真実の種、うその種』、送って!」とメールしようと思いました。読んでもらいたいです。
それにしてもこの方は22歳で、高校を3ヶ月で中退し、フランスへ渡ったわけですが、わたしにとっては、太田垣さんの雰囲気はなぜか「おなじみ」のものでした。そう。わたしの年若き親友(笑)映画監督をめざすsaoriも、芥川賞作家金原ひとみさんも、やはり21歳とか22歳で、高校中退ですが、お会いすると、それぞれの個性の強さは、「高校中退」が「勲章」のように思えてしまうくらいなのです。これはたまたまの偶然なのか、それとも、新しい文化の担い手たちのひとつのキーワードなのか。この国の「高校」というシステムが、カルチャーの面では機能しなくなっている、あるいは「束縛」というかたちでしか機能していないんだろうなあ、と、またしても思ってしまったことでした。