2003年8月20日
★ふるさと祭りin<余喜村>★

★石川県羽咋市から、つまりわたしの故郷から講演の依頼があった。わたしの母校である、羽咋市立余喜小学校に、こんど『芝田勝茂文庫』を作ってくださるそうで、その記念講演。(小さなコーナーでしょうけどね)わたしの故郷は、石川県鹿島郡余喜村、というところなのだが、町村合併で今は村ではなく、5つの集落がそれぞれ羽咋市○○町、となっている。読者ならすぐに『ふるさとは、夏』を想起されると思うけど、そのとおり、「五尾村」は、この、今はなき余喜村がモデル。でも、かつての村人たちにとってはやはり「余喜村」への愛着が強いらしく、個々の○○町としての祭りではなく、旧余喜村としての祭り<ふるさと祭り>を続けておられるそう。それが10月で、わたしの講演の前後に、『ふるさとは、夏』の劇を、という計画もあると、今日、電話があった。故郷を題材にしたのは『ふるさとは、夏』だけだし、とてもとても<郷土の生んだ作家>てなもんじゃないけど、すこしでもふるさとが元気になるために役立つことができればうれしい。そして、あの作品のなかの「方言」が地元の方々によって、そのまんま演じられるのなら、ぜひぜひ見てみたい。ブンガやジンミョーがほんとに出てくるかもしれません。楽しみ。まあそんなわけで、10月の末には故郷に帰れるというわけでした。

2003年8月3日
★『おりづるの旅』うみのしほ ★

★うみのしほには、高学年向けの『折り鶴は世界にはばたいた』という作品がある。それをもとにした絵本がこの『おりづるの旅』〜さだこの祈りをのせて〜(PHP研究所・2003年8月6日発行)である。どの家庭もこの作品にはいちどは目をとおしてほしいと思う。 …わたしは去年と2年前と、連続して夏休み5日間だけの国語教室を開いたことがあったのだけれど、みんなで社説を読みあったとき、「チェルノブイリ原発事故」について、そこにいた小学校高学年〜中学生がだれも知らなかった、という事実に驚いたことがある。知識があればいいというものではもちろんないけれど、考えるにせよ行動するにせよ、まず事実を知ること、それも「正確に」知ることは前提である。ところが「事実を正確に知る」ということがどれだけ難しいことか。昭和20年8月6日と9日、日本の広島と長崎に原子爆弾が投下され、二十万人以上が死んだ。この一行の事実に関して、わたしたちはどれだけ「正確」なことが語れるだろうか?まず、「なぜ?」という疑問が、当然湧いてくるはずだ。「戦争だったから」では、その戦争はどことどこの戦争だった?そしてその戦争はなぜ起きた?さかのぼればきりがない。だが、大きな疑問は当然あるべきだろう。「なぜ、もう戦争を続ける力もない日本にむかってアメリカは大量殺戮兵器である原爆を投下したのか?」「しかも軍隊がいるわけではない、一般市民がふつうの生活をしていた地方都市に」わたしたちが戦後どんなにアメリカの恩恵を受けようと、この疑問だけは、手放してはいけない。それが被爆国の国民であるわたしたちの最低限の義務ではないのか。とりあえず、昨年、広島市と長崎市だけは、世界にむかって「平和へのアピール」を発信した。わが国の首相も行いえなかったことを、この都市が行ったことだけは、わたしたちの誇りだ。そんなことを思いながら、この絵本を読んだ。さだこの像をつくろうとしたアメリカのこどもたちの運動がねじまげられてしまうことも、この絵本にはきちんと描いてある。最後の文を引用させてもらう。

世界のあちらこちらで、戦争や争いがつづいている。おりづるの旅は まだ 終わらない。