2003年6月29日
★『黄いろのトマト』宮沢賢治 画:小林敏也 パロル舎★

 ★きどのりこさんから電話。『魔法のファンタジー』のことなどあれこれお話する。ひさしぶりにお声がきけてうれしかった。そのきどさんから、いつだったか「芝田さんは賢治の『黄いろのトマト』を読んだことがありますか?」ときかれたことがある。読んでいなかったわたしに、きどさんは「それはそれは悲しい話なんですよ」といって、ペムペルとネリの兄妹にまつわる短編を教えてくださった。「そそそそんなかわいそうな話を」……いやだいやだゼッタイ読まないぞそんなの、といいながらもきどさんの魔法をしっかりかけられたわたしはのちにそれを読む。こういう作品はとにかく心の底に沈んでしまうのだけど、でもけっして忘れられない物語となって残るのですよね(そういえば賢治の作品は、漠として思い出せない、ただある種の雰囲気だけが残るものと、骨組みもしっかりしていつでも語れる作品があるがこれは後者です)。……そしてほんとにタイミングよく、小林敏也さんの最新画本『黄いろのトマト』が、きょう届いた。
 ★小林さん、これまでの大判の画本ですでに15冊の賢治作品を刊行しているが、前作『ポラーノの広場』からはテキストの内容にあわせた、自在な画本をつくりはじめた。この『黄いろのトマト』も、ちいさな絵本である。ちいさいけれど、あっというまにわたしたちは蜂雀の語るイーハトヴの世界に連れていかれる。そしてペムペルとネリの兄妹の日々の生活のなかでの断片を知ることになるのだが……。
 ★いや〜〜驚きました。「悲しい話」「かわいそうな話」というこれまでの記憶はがらがらと崩れ、この作品はまったく新しいわたしの「賢治」作品のひとつとしてあざやかに記憶されることになったわけですよ。
 ★ここでわたしの感じたことを書いてしまうのはどうかと思うのだけど、ひとことでいえばこうです。ふたりのこどもの、それはそれはかわいそうな一日の物語は、小林さんの絵がつくことによって、なんだかほほえましい、「明日」にむかって開かれた一日、悲しいけれど、でもきらきらと輝いている、そんな一日に変わったということです。まあみなさんもひとつぜひぜひ手にとってご覧なさい。小林敏也さんは、賢治の物語を現代によみがえらすことができる魔法使いだ。まるで、このお話のなかで、剥製の蜂雀にむかって「よろしい。私が叱ってあげよう」といって物語をかたらせる博物館の番人のおじいさんのよう…そうか。あれが小林さんだったんだ!

2003年6月21日
★わがまま菜園★

 ★会社やめて、老後を送るんだったら、百姓するしかないか、でも百姓はちょっときついなあ、と思っていたのだけど、そのときはなぜか、「すべて自給自足」なんてイメージを思い描いていたのですね。ばかみたいですが。「そうか、何もすべて自給自足しなくてもいいんだ。だって米は買えばいいんだし」という、こんな単純なことになかなか気がつかなかった。きっと老後は何の収入もないし、みたいなことでそう思っていたんだと思います。だって退職金とか出そうにない会社だし(笑)。その頃から年金なんてどうなるかわからんと思っていた…ん〜先見の明というか悲観的というか。まあ今は多少現実的に(?)なって、老後はすこしの土地があればそこで土いじり的に野菜を植えたい、と思ってます。玄米食べてね。デクノボーに近づけそう。……で、今はその練習で、プランターに若干の野菜を植えてます。百姓とちがうのは、肥料とかはほとんどやらなくて、虫とかつき放題、というところかな。自然のまま。シシトウは、青い実をそのままにしておくと真っ赤になります。とても美しくてこれは鑑賞用の花より見ていて飽きません。枝豆は、そろそろかな、というところですべて烏についばまれてしまいました。キュウリも、おそろしく濃い緑で、これ以上曲がらんだろうというほどひん曲がった根性、いや実をつけたのですが、昨日、やはり途中から何ものかにもぎとられてしまっていました。鳥かなあ。…そんな状況のなかで、いまいちばん見事なのは、ミニトマト。いやあ、肥料やらないのに、ちゃんとりっぱな実がたわわ。食べるのもったいない、と思ってるとやっぱり鳥に食べられてしまうのかな。もちろんそれでもOKだよ。だって百姓じゃないんだもん。野菜を植えて、食べられなくても育てる。それだけでしあわせ。これが贅沢ってやつさっ。

2003年6月17日
★守護霊★

 ★おーとうとうカルトに走ったかと思ったそこのあなた。はい。本日はそのての話です。いや〜世の中にはいろいろなひとがいるものですが、先日会った小6の女の子は、なんと「見える」のですよ、アレが。たくさんのこどもたちに会いますが、そのなかには霊感の強い子ども、というのがたしかにおりまして、見えた、見えない、なんてことを言う子もたしかにいます。でも、その子は、これまで会ったうちでもかなり強烈でした。とくにユニークなのは、一般的な霊感少女というのはだいたいにおいてそんなに特殊なものは見なくて、まあ概念的に「亡霊」とか「幽霊」であるわけですが(つまりそれはその子の内的な意識が見させている、というわけですね)、そして、せいぜい、「なんかいる!」という程度だったりするのですが、この子の場合は自分でもあんまり上手に形容できないものが「見える」というところが、なかなかリアルなのです。さてさて、それでもって、本日のメーンエベントは、なんとその子が、わたしに「憑いている」(もちろんそんな表現はしないわけですが)ものを教えてくれたというわけなのです。さて、いったい、わたしの左の肩にちょこんと座っていたのはいったい何だったでしょう!?…… 「○×◇◇△なもの」という説明をきいてもよくわからないので、絵を描いてもらいました。…… かわいい!!かわいいのですよ、これが。「にこにこして笑ってる」というのです。そうですね、水玉みたいな顔(ネギぼうずみたいな?)につぶらな目がふたつ、そしてにっこりしている口、耳はふつうの、なんといいますか。小人というか宇宙人というか。そんなようなのが、わたしの肩で足をぶらんぶらんさせているのです。で、なぜか片足には金色の輪っかがあります。「芝田さんの人生を助けるためにそこにいる」んだそうです。いやはや、血まみれの落ち武者かなんかじゃなくてよかった(笑)。しかし、こんなつぶらなひとみのがいつも見てる、というのもなあ。(心がけが悪いからだろっ>じぶん)

2003年6月14日
★健康法★

 ★わたしはだれかに「健康法」を聞くと、すぐに「やってみよう!」と思う、まあいってみれば「健康法おたく」みたいなところがあるのです(…ってただのあほではないのか?>じぶん)。数日続けて多少なりとも効果があると、さっそくそれをひとに吹聴します。それが真に迫っているので、だいたい聞いたひとは「ん〜芝田さんがそういうならやってみようか」と思うらしく(仕事をまちがえたかもね〜健康器具の販売なんかさせたらきっと儲けただろう)しばらくぶりに会うと「この前教えてもらったアレ、すごくいいですね!」とかいわれて、「え?まだやってるんですか」。当のわたしは、とっくに…まあだいたい1ヶ月とかで… やめてしまってるわけなんです。新しいものが好きなくせに、めんどくさがりなので、持続しないのです。いや別に飽きた、とかいうのではなくて、その食品とかがなくなったら、もう買わない、というだけのことなんですけどね。たとえば「酢に唐辛子とゴマを入れた唐胡酢」なんかもそれなりに続きましたが、そのうちやめてしまいました。冷蔵庫には黒胡麻がまだ残ってます。でも、やってる方からは感謝されたり、とかね。ちなみにこれは動脈効果の予防にはいいみたいですよ。それに何よりわたしのとびつく健康法はどれもこれも「安あがり」。ダイエットと健康に効果のあった「きな粉ココア健康法」なんてその最たるもので、朝食が1ヶ月分でわずか3千円ほどですんだもんね(買い置きがなくなったらやめました…なんじゃそれは)。
 ★そんなわたしが、ここ1ヶ月続けてるのが「玄米食」です。かつて「生きてる間はおいしい白いごはんを食べたい」などといってどんなに家人がすすめてもやらなかった玄米食。これが続いてます。ふつうの電気釜で炊いてます。最初はぱさぱさしてて、ちっともおいしくなかったけど、最近はなかなかおいしく感じます。噛みごたえがあって。これは主食だから、買っておけばいいわけなので、続きそうです。ただ、昼食で、「○○定食」 とか食べると、白いごはんのおいしさにしばらく感動してしまったりしますけど。効果のほどはいずれまた

2003年6月12日
★人称について★

 ★『夜の子どもたち』をパロル舎で再刊するときに、一人称の文体を三人称に変更した。もちろん変更したのは文体だけではないのだけど、そのときに「一人称」と「三人称」のちがいをとことん実感した。だいたい、わたしは「一人称」で小説を書くのが好きで、……まあこれはそれぞれの作家の性向だと思うのだけど、そもそも小説など書いたことのない、いわゆる「素人」が小説を書こうと思ったら、何がいちばんいいかといえばこの「一人称」ほど便利なものはないのだ。「もっとも原初的で、もっとも幼稚な文体」だと、某評論家がわたしの目の前で発言したことがあるのだが(はっきりいってその方はあほです。幼稚ではない。一人称ならではの深さをつくることができるのだ)、とりあえずは一人称で最後まで書ければ、それなりに小説としての格好はつくのだ。逆に、三人称となると、たとえば創作コンクールに送られてくる小説なんかを見ても、どうしようもなく下手なことが露呈してしまう危険がある。よくある「だめな作品」では、視点がころころ変わる。いったい、「語り手」はだれなのか、どこから見ているのか一定せず、とつぜん主人公の足もとの石ころなんかからの視点になったりして、ぶったまげることがある。三人称にもルールはあるのだ。しかし、一人称はとにかく窮屈だ。視点が一つしかないから、物語をより広く語ろうとすると、ときどき困難な局面にぶちあたる。のびのびと大きく構想しても、その狭い視点ゆえに物語がひろがらない。これにひきかえ、三人称は楽だ。自由に物語を語れるひろさ、つまり、登場人物に一定の距離をとることによって読者の視点をひろげることができる。サッカーでいえば「スペース」ができる、というようなことだ。そのひろさがあると、いろんな攻撃が可能になる、ってわけである。文体の選び方で、作品の性格はすでに決定されている。

2003年6月8日
★『ジアコギ』ライブモSTAT!★

★大学を出て、就職した会社で出会った同期の同僚と、<音楽>ですっかり意気投合し、会社がひけると二人で路上に出て歌うようになり、やがてすぱっと会社をやめてしまい、ストリートミュージシャン『ジアコギ』として活動をはじめる。路上で足をとめるひとびとは多くなり、テレビのドキュメンタリーにも出演し、そしていよいよインディーズのCDが全国発売になる……といえば、なんと順調な、と思われるかもしれないけれど、かれらにとっても、そして毎週かれらの路上ライブに通っていたファンにとっても、そこまでの道のりは平坦ではなかったし、けっして「順調」でもなかった。そんなふうになるまでには、さまざまな偶然や、さまざまな好意や、そして何よりもかれら二人の揺れに揺れる青春の日々の葛藤があったわけで、…と、そんな想いを見ている人のだれもが共有しあった2時間、『ジアコギ』は、満員の400人ホールで歌いまくった。そこにはまた大きく飛躍しようとしている『ジアコギ』の新しい姿があった。……会社がえりの路上で、ふと足をとめて聞き入るほどに、かれらの歌は、歌詞にこめられたメッセージが力強い。「夢をあきらめない?…そんな青臭い…」と、じぶんの「今」をふりかえりながらついついかれらの歌にききほれてしまった人たちもいる。もちろん、その歌声が、これまで聞いたどんなグループよりも美しくて、やさしいということ、あるいはかれら二人が、とてもとても親近感の持てる個性であったということ……背の高い方、クメカワ君は、なんだかシャイで寡黙、路上ではしょっちゅう弦を切ってばかり。きっと「想い」がよほど強いのだ…とか、もうひとりのワタナベ君は、逆に感情をそのまんまぶつけてくる少年のようなひと、喜怒哀楽とか…かれは八百屋でバイトしているのでその日に売れた野菜の話とか…そして二人とも、歌そのままの生き方を、「これでもか」といわんばかりに投げかけてくる。そんな二人に触れてしまった人たちがファンなので、やはりどことなく「今どきの若者」の集うライブとはちがっている。らしい。らしい、というのはいっしょに見ていたミホ(中3だが、「今どきのライブ」はよく知っているらしい。最後の曲になると「おやぶん、立ちません?」と、そういうことになれてないわたしを促した)がそういったからだが。アンコールを求める拍手のかわりに、かれらの歌の一節をリフレインする少女たちの歌声がこだまする。

「もう二度とおとずれない今だから悔いが残らないようにね…夢は何かとたずねられたときに答えられる今だから」

じぶんたちの「START」だけでなく、見に来たひとたちにとってのSTARTでもあるように、というメッセージは、しかし、見に来たひとりひとりにとって何よりすばらしい、けれど重いものであったにちがいない。はい、もちろんわたしにとっても、です。

ジアコギ オフィシャルサイト
http://jiacogi.com/

2003年6月3日
★いちばんいい季節と梅雨★

★夏のほんの手前、あるいは春の遅い頃の一時期、それはそれはすばらしい一瞬があります。これをまあ詩人は春宵一刻値千金と呼び、どんな宝石にも換えがたいひとときであると形容するわけですが、ほんとにね。一年がずっとこういう具合だったらどうなるんでしょうね。これから、ぐずぐずじめじめした雨の季節があるわけで、かあっと照りつける夏はそのあと、ということになります。で、これと同じようなのが、「思春期」とそのあとの「青春」あたりの一時期。ま、長い間サマーキャンプとかをやってて経験することなのですが、ある時それはそれはすてきで輝いていた少年と少女が、「え?ええっ?」というくらい、くすんでしまう時期があるのですよ。それはもう、「うそ〜〜」というくらいに。内向したり、攻撃的になったりじぶんをもてあましたりと、その現れ方はさまざまなのですが、あの「輝き」は外見も含めてみるかげもなく、別人のようになるのです。……そういう時期、というものがあるのです。そして、それをすぎないと、それぞれの「青春」へはたどり着けない、という仕組みになっているんですよ。…ただ、これは本人にはわからないことが多いです。本人的には変わってないわけだから。「あの時のきみを思い出してよ」とかいってもだめなわけ。それに、輝いているときのかれらは、そういうじぶんを意識すらしていない、だからこそ輝いているわけでね。……「じめじめした季節」に、わたしの前から消えてしまう子もいれば、なぜかわたしを思い出して会いにくる子もいれば……。しかしどうあがいてもじぶんでなんとかしなければならない季節なのですよね。そして児童文学にかかわるひとたちは、この季節をどうやって乗り切ればいいのかを、原稿の前であれこれ考える。それはなぜかといえば、そのときに、「失ったもの」「失うべきでなかったもの」は何だったのか、といつまでも考えているひとだから。