2003年11月3日
★『ふるさとは、夏』公演★

★「『ふるさとは、夏』に使われている方言は、余喜村のものですが、それは『鹿島半郡』(かしまはんごおり)でしか使われていないものです。邑知潟を越えて、羽咋市へ行くと、もうそこでは通じないノいや、通じるけれども、異なる方言になってしまう。たとえば、夜のことを余喜では『よさり』といいますが、羽咋ではこれを『よぉさり』といいます。」と、公民館の館長さん、芝田正秀さんはみんなに語った。

 朝の9時からはじまった『余喜ふれあい祭り』は、中学生の吹奏楽演奏で幕をあけ、小学生の歌や詩の朗読や劇『時のむすめ』のあと、わたしのミニ講演があり、いよいよ『ふるさとは、夏』の上演がはじまるのである。小学校の体育館には幼児からお年よりまで、さまざまな年代の方々がたくさんつめかけている。この体育館で素人劇団(公民館が公募して団員を募集したそうです)が劇をすればどういう状態になるかは、まあ予測はつく。声は通らず、照明もスポットも適当で、音楽のボリュームはでたらめ……なんとか無事に最後までいきますように、と祈るだけである。

 ……はじまった。冒頭は「いつお」駅のシーンだ。行商のおばちゃんが、「今日もたくさん売るぞ」みたいなことを方言でアドリブ。小学生も笑っている。それからみち夫の登場。帽子をかぶって、ちょっとおどおどして、うん、なんかみち夫らしい。そこへ三人の神様たち。派手!本そのままの方言を、地元の方でしかできないイントネーションで、完璧に!みんな雰囲気が出ている。本のなかから抜け出してきたみたい。余喜弁で、みち夫にからむ。みち夫の心細さは倍増。わたしは、もうすっかり気分はみち夫に感情移入しています。そして沙奈ちゃんがバンニョモサと登場。この沙奈ちゃんは「松の木の神様」を演じる方の実の娘(つまり親子で出演です)、とても演技が自然。みち夫とおなじく、ほっとする。あらら、バンニョモサはさっきブラスバンドの助っ人で体操してた「マンタニ先生」?みんなに人気があるみたいです。家のシーンも、みち夫の村へのなじみ方も、作品をとても大事にしてもらっていることがよくわかり、すごくうれしい。ナレーターの上田さんが、脚本を書かれたのですが、この方こそ「余喜ふるさと通信」で作品を紹介してくださった、「七尾から余喜にお嫁に来られた」(HPの作品紹介参照)文庫活動をしておられる方でした。とてもやさしい語りで、物語がじんわり胸にしみこんできます。そしてみち夫とヒスイの出会うシーン。じつは兄の車でここへ来る途中、ヒスイとであうモデルとなった細い農道をちらりと眺めてきたのでしたが、ふたりがふと振りかえるところなんかもう、作者、平静じゃないのですよ。ヒスイはほっそりした無口な美少女で、これも見事なキャスティングです。そしてとうとう、ついにブンガブンガキャーの登場。演じるのはうちの実家のすぐそばの村田さんという方なのですが、お見事!いや、演技だけじゃなくて、みち夫へのブンガの<想い>が伝わるのです。あ〜ブンガ、見てくれてますか〜!と思わずつぶやいちゃいました。

 さて、物語はどんどんすすみ、こどもたちの「豊穣太鼓」の熱演もあったりしてバンモチ……あとで聞きましたが、この行事はなくなってしまったとのこと、その一因は、「米俵がない!」。今回の舞台では、俵を作ることができる方に特にお願いしたとのことでしたが、「俵」というものを使わなくなって久しいのですね。さて、特筆すべきは美しいシーン。「ねえブンガ、ぼく、歌ができたよ」といって、みち夫が歌います。♪「草や木にもあいさつができるようになった」みち夫役の畠山さんの歌声がすばらしいのです。観客からも盛大な拍手。そして「ねえブンガ」「なんじゃい」「ぼく、この村に来て、よかった」ブンガが聞き返す。「聞こえんがい」みち夫、大きな声で「この村に来て、よかった!」「やっと言うたな」……そして神様たちの宴会。ジンミョー、悪役らしくてうまい。と思ったらこの方は、公民館館長の正秀さん!実行委員長の森さんはクエ彦。最後は、余喜音頭をみんなが盆踊りで踊ります。声がすこし聞き取りにくかったりしたことはありますが、すばらしい舞台でした。総勢60名以上のスタッフ、特に裏方さんたちの苦労はかなりものがあったようです。それくらい、衣装も、背景も本格的で、毎晩みなさん、夜の8時に集まって、練習につぐ練習をされたのだそう。最後に全員でのフィナーレ。引っ張り出されて、舞台で挨拶をしました。目が潤んでしまったと正直に告白。ふたたび館長の正秀さんのことば。「勝茂さんは、『いつお村』のネーミングを、七尾からとったとかいわれますが、わたしはこう思う。余喜村には五つの集落〜酒井、四柳、金丸出、大町、下曽祢〜があるから、『いつお』なのだと」…ああ、きっとそうなのです。だから「いつお村」という名前がわたしに「降りて」きたのでしょうね。

「ふるさと祭り」は、アメリカで見たカウンティー・フェアそのまんまでした。そういえば、その昔にはこの日本版「品評会」というのもありました。バザーやだしもの、そして農作物や手芸工芸生花習字などの展示。ちなみに生花は、素人のわたしが見て、どれもすばらしかったです。都会でねじくれた生花見ても何も感じなかったのですが、よかったです。そして夜の打ち上げ。百人近い方と、楽しいひとときをすごしました。裏方をしたという東京からお嫁にきた方「みち君のように”東京に帰りたい”と何度思ったか」(笑)。沙奈ちゃんはファンクラブもある(?)くらいの人気者。本当に、中学生から大人まで、たくさんの方が、この劇のためにどんなにがんばったことでしょう。わたしの生まれ育った余喜村。そこは、「ふるさとは、夏」だけじゃなくて、たとえば「ドーム郡」のふるさとでもあるんだなあと思いました。みなさんの腕のアーチをくぐって帰りました。また、おいで。といわれました。すばらしいひとときを、ありがとう、みなさん。(11/3 記)