| 2003年10月28日 |
★余喜のみなさん、ありがとう★
前日にミニ同窓会を小学校・中学校の同級生たち10人が開いてくれた。いったい何年ぶりだろう。もう30数年会っていない人たちばかりだ。なのに……楽しかったです。女性5名、男性5名。そしてわたし。いろんな話に花が咲いたのですが、わたしたちは、男女別々の席にすわって、9年間をすごすというへんてこなクラスだったのです。戦前ではないです、念のため。だから、なんでしょうか、今はとってもみんな仲がよくて、同窓会もいちばん多く開いている学年なのだとか。う〜ん。わたしの<児童文学>の原点も、もしかしたら、この時期の<男女関係の欠落>なのでは?とふと思いました。さてそこでのエピソードはいろいろあったのですが(お酒を飲まないといえないようなことばかり)ここではMM君とのことを。おたがいに、「覚えてるか?」「おまえも?」と、いっしょに「ハリー・ベーコン!」と叫びました。それは、わたしたちが14歳のとき、乗せてもらったイギリス船の名前。七尾の町でMM君と出会って「港でも見に行こう」と二人で七尾港へ行くと、ちょうど大きなイギリス船が入港していたのです。1万トン以上のその船を見上げていたら、親切な英国船員が、「カモン、ボーイズ!」と船内を案内してくれたのでした。MM君はそれから「海の男」になろうと決意し、船乗りになって……。あいかわらず、男っぽくて、素朴で、最高のやつでした。そんなような、さまざまな物語をみんな背負って、年をとって、出てくることばのひとつひとつがどれもこれも心にしみこんできました。「だれが好きだった?」というような話がとびかったりして、みんなほんとに子供のころに戻ったみたいな楽しいひとときでした。タイムマシンはちゃんとあった。そして翌日、いよいよ『ふるさとは、夏』が上演されるときがやってきます。(つづく?)
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| 2003年10月20日 |
★地元新聞の記事★
石川県の「北國新聞」の記事の切りぬきが送られてきた。<余喜舞台の劇「見んちまん(御覧なさい、の意)というタイトルで、サブが「地元出身の児童文学作家芝田さん原作・羽咋で26日に上演」となっていて、記事を要約すると、わたしの『ふるさとは、夏』が、こんど「余喜ふれあい祭り」(10/26)で、地元住人約50人(!)の有志によって結成された「余喜ふるさと劇団」によって上演される、というものだった。<芝田さんは、『まさに物語が生まれた地で、その言葉を話す皆さんによって演じられる運びとなり本当にうれしい。どう料理されたのか公演を楽しみにしている」と話した>というわたしの談話も載っている。(数日前に電話でインタビューを受けた)ちなみにこの記事でわたしはじぶんの講演「ふるさととわたしのファンタジー」が何時から始まるのかを知った(笑)。う〜んほんとうに楽しみだ。なんといっても「ふるさとは、夏」の方言が、劇で、再現されるわけである。ヒスイを演じるのは、中3の少女で、芝田淳美さんという。このあたりは芝田姓が多いのです。みんな遠い親戚(笑)。かなり盛り上がっている、ということですが、単に郷土出身作家の作品を劇化する、ということではなく、たぶん、「ふるさとは、夏」にこめられたメッセージを、地元の方々だからこそ、より切実に感じたからなのではないかと思う。というわけで、今週末は石川県へ飛びます。30年ぶりくらいに会う友人もいます。これまでとちがっていろいろ考えること感じることがいっぱいの帰省になりそう。
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| 2003年10月5日 |
★見えないところで★
★『虹へのさすらいの旅』の改訂作業が終わった。最後の部分も納得できる終わり方になったと思う。タイトルも変えました。どうか楽しみにしていてください。さて、この改訂作業で、わたしはあるひとと知りあった。その方の名前も、お会いしたこともないのだが、そのひとの「息づかい」のようなものまで感じることができた、というような経験をしたのだ。(またぁ、ファンタジー作家だからってそんな…という声がきこえてきそうだが)そのひとというのは、『虹へのさすらいの旅』の初校校正をされた方のことだ。校正の方と、直接話をすることはないのだけど、でも、できあがってきた初校を見て、わたしはうなってしまった。おざなりの仕事ではないのだ。正直にいえば、校正ゲラがあがってきたとき、しょっちゅうあるのがこちらの思っているのとは異なる文の区切りであったり、異なるルビの振り方であったり、そしてかなり多くの誤字脱字である。そういう経験は何度もしてきた。ところが。ないのだ。そういうミスもなければ、じつによく読みこんであることがわかる校正なのだ。500ページ、原稿用紙600枚以上の作品の全編にわたって、そういう一種の「気配り」とか、心遣いが感じられるのだ。ルビひとつとっても、ちゃんとやってくださっていることがわかる。すごい、と思った。その「初校」ゲラに、さんざん赤い字で改訂部分を書きなぐり、編集者に戻した。「校正の方へ」と特に注意書きをつけたのは、「校正の方」にむけて、ある気持ちを伝えたかったからだが、たがいに仕事である。感謝したりされたりする筋合いのものでもない。 …そしたら。編集者から初校を受け取ったというメールに、「校正の方が、この作品をとても気に入ってます」ということばが。気持ちというのは、伝わるものなのだ。ほのぼのと、うれしくなった。さて、編集者は今週ドイツへ旅立つ。ブックフェアで、『ドーム郡ものがたり』版権を欧米に売りこんできます、といって。
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